フラという生きた記憶をたどる旅 100の足跡【18歩目】

第2部 伝承と歴史編:海を渡った星の民から、受け継がれし者たちへ

ALOHA! Ka Hōkūlani HULA STUDIOのMotoeです。

半世紀近くにおよんだフラへの弾圧と沈黙の時代。その重い扉を開き、再びフラを太陽の下へと呼び戻したのが、第7代国王Kalākaua(カラカウア)でした。

「メリー・モナーク(陽気な王)」の愛称で親しまれたカラカウア。彼は、異国の文化が急速に押し寄せる中で、ハワイの人々が自らの誇りやルーツを失いつつあることに強い危機感を抱いていました。

王は即位後、伝統文化の再生に力を注ぎ、1883年の戴冠式において、長く禁じられていたカヒコを公の場で大々的に復活させました。

それは単なる催しではありませんでした。失われかけていた文化を取り戻し、ハワイの人々が再び自らの誇りを思い出していく、のちに「第一のハワイアン・ルネッサンス」と呼ばれることになる、大きな始まりでした。

カラカウア王の想いを表す言葉として、次のような一節が語り継がれています。

「Hula is the language of the heart, therefore the heartbeat of the Hawaiian people.(フラは心の言葉であり、ハワイの人々の心臓の鼓動である)」

王は、フラが単なる踊りではないことを深く理解していました。そこには、人々の記憶があり、誇りがあり、魂そのものが息づいていることを。

長い沈黙の時代を経て、再び打楽器の響きが王宮に満ちたとき、人々の胸の奥では、忘れかけていた鼓動もまた力強く鳴り始めました。

Me ke aloha pumehana,
Motoe


 次回は、観光の影でクムたちが静かに守り抜いた「魂の還郷」のお話です。

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